開発ストーリー

生涯使用可能な人工関節への挑戦

人工関節の再置換をなくしたい

1990年代、人工関節の一般的な製品寿命は15年程度と言われていました。製品寿命を迎えてしまうと、人工関節を取り出し新しく入れ替えるという、再置換手術を行わなくてはならず、それは患者さんにとって肉体的、精神的、経済的な負担となってしまいます。一生涯再置換の必要がない、長期耐用年数のある人工関節が強く求められています。

長期耐用年数をもったバイオマテリアルの開発

人工関節を再置換しなくてはならなくなる原因には様々あるものの、摺動部材に使用されているポリエチレン(UHMWPE; Ultra High Molecular Weight Poly-Ethylene)が長年の使用により、変形・摩耗してしまうことは一つの原因とされていました。

体重を支え、歩くという動作をするためには人工関節には可動性が必要であり、物理的に非常に複雑で過酷な状況にさらされています。また、血液、関節液、脂質などの生体成分に触れていることにより、化学的にもポリエチレンにとっては厳しい環境です。さらに、当然ですが、生物学的にも悪影響のない材料である必要もあります。

このような条件を満たしたバイオマテリアルの開発は、一生涯使用可能な人工関節の実現に大いに寄与すると考え、開発に着手しました。

摩耗したポリエチレンインサートの一例

ビタミンEによる抗酸化能の付与と成形性の向上

私たちは京都大学とともに、まず、長期間生体内で使用され、不運にも取り出されたポリエチレンの解析から始めました。どのような摩耗・変形をしているのか、化学状態はどうなっているかを詳細に研究しました。その結果、生体内の過酷な環境でポリエチレンは酸化疲労を起こしていることが明らかになりました。

この酸化疲労を抑制するために着目したのが「ビタミンE」です。ビタミンEは、医薬品やサプリメントなどでも使用されているため、生物学的安全性が確立された安心して使用できる抗酸化物質です。また、ポリエチレンを成型する際の熱にも耐えられる耐熱性を有していること、水溶性では無いので生体の中で過度に溶出しないことなど、人工関節用材料として多くの適性を有した材料でした。

このビタミンEを添加したポリエチレンの材料評価をしたところ、非常に優れた抗酸化能を発揮しました。これはビタミンEが元々もつ抗酸化能が寄与していることは明白でしたが、添加したビタミンEが成形性を向上させ、Fusion defect(成型時に発生するボイド)を劇的に減らすことによる効果であると明らかになりました。

膝関節への応用

非常に優れた抗酸化能をもつこの材料を人工膝関節のインプラントに応用すべく、様々な試験を繰り返し行いました。引張試験、単純摩耗試験、衝撃疲労試験など、多くの試験で基準に適合したのち、膝関節シミュレータを用いて摩耗試験を行いました。ヒトが歩くときに膝関節には非常に過酷な荷重条件と摺動条件に晒されています。

通常歩行時には体重の3倍、階段昇降時には体重の5倍の負荷がかかり、同時に屈曲/伸展、内旋/外旋、前後/内外へ平行運動がかかります。また足が地面から離れた時にはLift-offという脛骨と大腿骨が離れる現象が起こり、足が着地した際に衝撃力が加わります。このような複雑な条件下でも、私たちの開発したこの材料は、従来の材料に比べて摩耗量を2/3に減らすことが明らかになりました。

生物学的安全性試験にも適合することを確認したのち、千葉大学とその関連病院での臨床研究(治験)を実施し、2009年に医療機器製造販売承認を取得、世界初の材料として人工膝関節用インプラント「ブレンド-E」の発売を開始しました。2022年8月現在、約39,000件以上の手術に使用されています。

股関節への応用

膝関節で製品化に成功したこの材料を股関節に応用すべく、新たな開発に着手しました。股関節はBall and socket構造をしており常に接触した状態で、膝関節に比べて接触面積は広く、拘束性は高く多方向に摺動します。つまり、膝関節と股関節は生体内で使用されるという点は共通であるものの、その形状や動きは全く異なるためブレンド-Eをそのまま適用することはできなかったのです。

そこで着目したのが、クロスリンク処理(架橋処理)です。クロスリンク処理を施すことで、ポリエチレンの剛性が高まり、多方向の滑り運動に対する耐摩耗性が向上することを期待しました。しかし、クロスリンク処理を行う際の放射線照射でビタミンEの化学構造が破壊されてしまうこと、さらにビタミンEはクロスリンクを阻害する効果があること、などの課題が出てきました。私たちは、クロスリンク処理時の放射線の照射方法やその後の熱処理方法を工夫することで、ビタミンEの抗酸化能を活かしたまま、クロスリンクを達成することに成功しました。

2012年に人工股関節用インプラント「ブレンド-E XL THAライナ」として医療機器製造販売承認を取得し、発売をしています。

ブレンド-E
ブレンド-E XL THAライナ
  • ブレンド-E 医療機器製造販売承認番号: 22100BZX00882000
  • ブレンド-E XL THAライナ 医療機器製造販売承認番号: 22500BZX00125000

今後の展開

いずれの製品も人工関節材料として優れた力学特性、化学的特性を示す材料として、今後の臨床成績が期待されています。もともと摩耗しにくい材料であることは重要ですが、摩耗を全くゼロにするというのは複雑な生態環境下では非常に難しいことです。さらに、摩耗した際に発生する摩耗粉はサブミクロンサイズであることから、一種の免疫反応を引き起こし、骨溶解を引き起こしてしまうことが報告されています。しかし、近年の研究においては、ビタミンEを混合したポリエチレンの摩耗粉は、ビタミンEを含まないものに比較して、骨溶解を引き起こしにくいことも明らかになってきました。

このようにブレンド-Eシリーズは生涯使用可能な人工関節の実現に近づく、有用な材料として多くの期待を集めています。

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